2023年8月31日木曜日

本能寺の変

 本能寺の変

 

 ”本能寺の変(ほんのうじのへん)は、天正10年6月2日1582年6月21日)早朝、明智光秀謀反を起こし、京都本能寺に滞在する主君・織田信長を襲撃した事件である[12]。 ”

 

明智光秀が裏切った理由は、謎。

 

日本の歴史が変わった瞬間である。

 

信長が存命のままだったらどんな日本になっていたやら。

 

是非も無しとか意味不明な名言を残して寺に火を放って自害とか。

歴史に残りまくり。

 

そして信長女性説とか言うわけのわからないものが日本のサブカル界隈で流行るのであった。

 

2023年8月30日水曜日

応仁の乱

 応仁の乱

 

 ”応仁の乱(おうにんのらん)は、室町時代中期の応仁元年(1467年)に発生し、文明9年(1477年)までの約11年に及んで継続した内乱。 ”

 

 ”幕府勢力が東西に分かれて争う戦乱に発展、さらに各々の領国にも争いが拡大する大乱となった。 ”

 

足利家が将軍になる室町幕府の時代。

義教はくじ引きで決まってしまった将軍として有名(6代目将軍)。

 継承の方法が厳格じゃないためお家騒動に発展して内輪もめしてた。

権力者っていつもそうですよね!周りの事なんか考えずに!!

一方で商人や農民も 力をつけていた。国人?しらんね。


東西に分かれて戦争してたけど、将軍・義政の隠居をきっかけに和睦した。


12月19日1474年1月7日)には義政が義尚に将軍職を譲って隠居した”


”この戦乱は延べ数十万の兵士が都に集結し、11年にも渡って戦闘が続いた。しかし惰性的に争いを続けてきた挙句、勝敗のつかないまま終わった。主だった将が戦死することもなく、戦後罪に問われる守護もなかった。西軍の最大勢力であった大内政弘も富子へ賄賂を贈り、守護職を安堵されていた[61]。 ”


ワイロ!!

守護と地頭の守護がその後の戦国大名へとなっていくのだった。


2023年8月29日火曜日

承久の乱

 承久の乱

 

承久の乱(じょうきゅうのらん)は、1221年承久3年)に、後鳥羽上皇鎌倉幕府執権北条義時に対して討伐の兵を挙げて敗れた兵乱。貴族政権を率いる後鳥羽上皇と鎌倉幕府の対立抗争であった[2]。鎌倉時代初期の幕府と貴族政権や治天の間に存在した緊張・融和などの諸関係がもたらす政治史の、一つの帰結であったとされる[2]。争いの呼称は、承久の変、また第三者の視点で承久合戦ともいう[3]。 ”

 

 ”日本史上初の朝廷武家政権の間で起きた武力による争いである。”

 

 北条はどこから出て来たのかわからないけど、

藤原の鎌倉幕府は衰退していった。

 

なんやかんや北条政子とかいう人が兵を鼓舞して京攻めをしてた。

 

謎。

 

平家はどこへ行ったのか。 

平家物語はいつできたのか。




保元の乱

 保元の乱

 

 ”保元の乱(ほうげんのらん)は、保元元年(1156年7月に皇位継承問題や摂関家の内戦により、朝廷後白河天皇方と崇徳上皇方に分かれ、双方の衝突に至った政変である。崇徳上皇方が敗北し、上皇は讃岐に配流された。この朝廷の内部抗争の解決に武士の力を借りたため、武士の存在感が増し、後の約700年に渡る武家政権へ繋がるきっかけの一つとなった。”

 

 

 のちの武家社会につながる重要な乱。

天皇と上皇の勢力の戦い。 


皇位継承問題を考えると、争いが起きにくい仕組みを作ってきた歴史の人たちに感謝

先例!! 


まだ平清盛が存命だったらしい。源為朝も存命だったとか。

いつの時代だ?

夜襲に火攻めまで使って攻撃してた。汚い!さすが武士!! 


平清盛はこの戦いで後白河天皇の信頼を得て出世したとのこと。

そして後に清盛は武家の政権を築くことになる。

2023年8月27日日曜日

2023年8月27日wikipediaを読むをまとめてみた。

 今週のまとめ記事!

日本史ウィークだったので日本の決定的な事象についてまとめてみた。

 

1.大化の改新  645年6月12日

2・大坂の陣   1614年

3.王政復古   1868年1月3日

4.ポツダム宣言  1945年7月26日

5.国際連合    1945年10月

6.令和      2019年5月1日

 

日本が日本であるためにいろんな努力が重ねられてきたのだと思う。

色々な積み重ねがある国なので窮屈さを感じる人もいるかもしれないけど、

それならそれで道を外れた暗闇を歩いてみるといい。

明るさのありがたみがわかるはず。

いつまでも光に照らされた日本でありたいね。

 

来週は日本で起きた乱について書いてみる週間にする。

2023年8月26日土曜日

令和

令和


令和れいわは、日本元号の一つである。平成の後。大化以降232番目、248個目[注 1]の元号。徳仁(第126代天皇)が即位した2019年(令和元年)5月1日から現在に至る。また、「元号法(昭和54年法律第43号)」に基づく元号としては、平成に次いで2番目の元号である。

名称は、日本に現存している和歌集の中で最古の「万葉集」から引用された。”


令和始まったな。


当時の天皇陛下のビデオメッセージ(勅詔?)によって内閣が決定した元号で改元した。

 

記事の作成時点で令和五年(R5)なのでまだまだ始まったばかり。

何年まで続くかなー長く続くと良いなー。

 

 

2023年8月25日金曜日

国際連合

 国際連合

 

 ”国際連合(こくさいれんごう、UNONU; アラビア語: الأمم المتحدة‎、中国語: 联合国/聯合國英語: United Nationsフランス語: Organisation des Nations uniesロシア語: Организация Объединённых Нацийスペイン語: Organización de las Naciones Unidas)は、国際連合憲章の下で1945年10月に設立された国際機関

第二次世界大戦の勃発を防げなかった国際連盟の様々な反省を踏まえ、1945年10月24日に51ヵ国の加盟国で設立された[2]。主たる活動目的は、国際平和と安全の維持(安全保障)、経済社会文化などに関する国際協力の実現である[2][3]2021年6月の加盟国は193か国であり[2]、現在国際社会に存在する国際組織の中では最も広範・一般的な権限と、普遍性を有する組織である[4]。”

 

国連があるので世界は戦争禁止になっている。

自衛のための防衛軍は持っていいことになっている。


安保理常任理事国拒否権をどの範囲で認めるかについて、米英とソ連との交渉が続いたが、1945年2月に開催されたヤルタ会談において、大国の拒否権は実質事項のみで、手続事項には適用されないこと、紛争の平和的解決が試みられている間は当事国は表決に加わらないとの妥協が成立した[31]。すなわち、米英ソ中に、イギリスの希望によりフランスを加えた5か国が拒否権を有する安保理常任理事国となるという「5大国一致の原則」が合意された[32]。”


ロシアは拒否権を持っているのかいないのか。でも中国と仲良しなんでしょ。


”1956年には、日本も国連加盟を果たした[注釈 2]。”


日本の加盟は1956年とのこと。


”非同盟諸国を中心に英仏などの西側、ソ連などの東側の賛成も得てアルバニア決議が採択されて中華民国が追放され、同国と対立する中華人民共和国に常任理事国が交代した。 ”

 

蒋介石が追い出されて毛沢東がきたってことかな。

 

”また、常任理事国であるロシアは核及び拒否権を所持しているため、第二次世界大戦前の国際連盟と同じく、国際連合及び国連安全保障理事会も機能不全に陥っている[69]。”

 

 拒否権持ってるんだ。

 

国連憲章の批准は大事だけど、実際の軍事・政治的局面はどうなってるのだろうか。

 

”もっとも、経済制裁は被制裁国の弱者に大きな経済的打撃を与えるという問題があることから、個人資産の凍結や政府関係者の入国禁止など、エリート層への打撃に的を絞った「スマートな制裁」が提唱されている[109]。 ”


軍事に依らない強制措置の手段も持っているらしい。

個人の預金口座封鎖とかアメリカがやってたな。

 

日本はウクライナ戦争が終わったら現地にPKOに行けるのだろうか。

平和的解決を早期に実現してほしいが。 


ともあれ、国連の発足によって世界的に国家間の戦争の抑止を実現したのである。

2023年8月24日木曜日

ポツダム宣言

 ポツダム宣言

 

 ”ポツダム宣言(ポツダムせんげん、: Potsdam Declaration)は、1945年昭和20年)7月26日イギリスアメリカ合衆国中華民国の政府首脳の連名において日本に対して発された全13か条で構成される宣言。正式名称は、日本への降伏要求の最終宣言(にほんへのこうふくようきゅうのさいしゅうせんげん、Proclamation Defining Terms for Japanese Surrender)。”

 

海外の結束はヤルタ会談でほぼほぼ決まっていたらしい。(国際連盟は何してたんだろう) 


強いリーダーシップを持つ複数の国によって停戦を含む降伏の要求という意味は

画期的かもしれない。っていうかヤルタ会談のメンバー仲良さげすぎだろ

敵を前にしたら結束が固まりやすかったのだろうか。

 なぜ署名に中華民国が入っているかは世界史の謎。ABCD包囲網から続く謎。

いわゆるアメぽちってこのころの中華民国の事じゃね。 

強い同盟を結べば戦争確率は減るという理論は正しい。

 

 まあ、国連成立後のこの世界では戦争自体が禁止なんですけどね。

大量破壊兵器保有疑惑を向けて派兵したりは良いんですか!!アメリカさん!!

 

ルーズベルトもなんか私怨で日本を嫌ってないか。

少数のリーダーの意思決定によって世界の趨勢が極まってしまうのだった。

国家はでかくなるし軍事力もでかくて使いにくくなったので、

容易には戦争を起こせない世界になった。

(ウクライナを観ながら)

 

なぜ国連加盟が中華民国じゃなくて毛沢東の方の中国なのかも謎。

 

 8月14日の降伏によって第二次世界大戦は終わり、日本は敗戦国になったのだった。 

その後の東京裁判や明治憲法からの憲法改正はGHQ統治下に行われた

日本国の主権の存さない戦勝国の敗戦国への押し付け政策が横行したとのこと。

 

 戦後日本は解釈改憲という新たな世界を切り開き、硬性憲法、軟性憲法に寄らない政府運営が可能となったのだった。まる。

それなら国民投票で決めた方がずっと健全だよねって案が出ているらしい。(どこから?) 

日本はアメリカのように猟官制でも大統領制でもないのだから、

政治の意思決定にかかわれる直接投票の機会というのが 少ないと思う。

天皇陛下のご存在に触れざるを得ないから国家元首の議論をしたがらないのは

仕方がないのだろうか?

核兵器保有の議論も同じようにできないらしいけど。

日本の意思決定機関は戦後一貫して軟弱と言わざるを得ない。

 大化の改新や王政復古の時のような人事が有能な人間に渡される仕組みにはならんのだろうか。

大量の資金と人事権を官僚と一部の政治家が握っている限り、

健全な意思決定機関というのが日本に存在できないと思われる。

民主主義というのは、何をするにしてもとても労力と時間を要する仕組みだ。

それでもインターネットがある世界では自由な発信ができるのだから、

我々は幸福なのかもしれない。(それも戦争によって開発されたものだが) 


以上、ちょっと長くなったけど、ポツダム宣言の記事でした。

2023年8月23日水曜日

王政復古 (日本)

 王政復古

 

 ”江戸幕府第15代将軍徳川慶喜大政奉還を受けて、慶応3年12月9日1868年1月3日)、京都御所の御学問所にて明治天皇より勅令王政復古の大号令[注釈 1]」が発せられ[3][4]、江戸幕府廃止、同時に摂政関白等の廃止と三職の設置、諸事神武創業のはじめに基づき、至当の公議をつくすことが宣言され、新政府が成立した[5]。 ”

 

なんやかんや新政府?勢力(西郷隆盛たち)と幕府が戦って戊辰戦争になった。 


桜田門外の変によって井伊直弼が暗殺されたり、

鳥羽伏見の戦いをはじめとして戦争に突入したりしてる。

江戸城は無血開城したと言うが、それもほかの戦場での結果が伴ったものだと思われる。

 

このころの人らは何かと気合が入っている。

 

将軍・慶喜の政治力がパない。この人がもっと劣った人だったら戊辰戦争にはならなかったかも。

 

尊皇攘夷の発想ってどこの海外から来たのだろう。朱子学?ナポレオンに感銘を受けたとかじゃなくて?

 

フランス革命を参考にした革命じゃないと思うけど、ナポレオンの統治には影響されてるんじゃなかろうか。

その当時の日本人が持っていた西洋の知識がどれだけの物か知らんが。

 当時の日本人はイギリスやフランス、ローマ帝国の事などをどの程度知っていたのだろう。

カエサルの事とかも知っていたのだろうか。

それとも秦の始皇帝が元ネタなのかな??

 

学ぼうとすればするほど深みにはまっていく感じがする。


水戸光圀公って言うくらいだから徳川と言えば水戸なのかもしれない?

新政府には水戸の人がいない。

 

戊辰戦争は戦争が始まる前にほとんど決着が着いているようなもの。

朝敵にはなりたくないもんな。

政治力のある徳川慶喜を超えるような人物たちが結集してしかも時の天皇陛下を味方につけているというのはもう旧幕府軍にとっては負け戦でしかない。

かわいそー。 


江戸城開城をもって徳川の江戸幕府は滅びたのであった。

2023年8月22日火曜日

大坂の陣

 大坂の陣

 

大坂の陣(おおさかのじん)は、江戸幕府豊臣家(羽柴宗家)との間で行われた合戦。大の陣とも表記する。大坂の役(おおさかのえき)とも呼ばれている。 慶長19年(1614年)の大坂冬の陣(おおさかふゆのじん)と、慶長20年(1615年)の大坂夏の陣(おおさかなつのじん)から成る。 ”

 

 なぜか豊臣と幕府が争ってる。謎。

 

冬の陣が先、夏の陣があと。

冬に和議を結んだ後にも戦争の準備は怠らず大砲などを作っていた。

 

なんやかんやあって豊臣の世は終わり徳川の世が始まった。

2023年8月21日月曜日

大化の改新

 大化の改新

 

 日本のはじめての元号が大化なのです。

 この改革をもって天皇を戴く尊皇の国家として成立した。

 

 ”皇極天皇4年(645年6月12日飛鳥板蓋宮にて中大兄皇子や中臣鎌足らが実行犯となり蘇我入鹿を暗殺。翌日には蘇我蝦夷が自らの邸宅に火を放ち自害。蘇我体制に終止符を打った。 ”

 

 中大兄皇子と中臣鎌足は有名だけど、中大兄皇子が天皇にならなかったのは偉いと思う。

暗殺の連鎖を起こすような遺恨を断ち切っていたのだと思う。

かしこい。


聖徳太子よりはあとの出来事とのこと。

 人事と制度改革を頑張った人と考えれば、今の世の中でも通用する改革だと思う。

よく見つけて来たな、良い人材を。

 

白村江の戦いもこのころの事

 

結局即位してんじゃんって天智天皇に言うのは不敬なのかな。

なにもしなかったら平和には暮らせなかった時代の出来事なのかもしれない。 

いまは平和すぎ。戦いに備えるべき。

2023年8月20日日曜日

2023年8月20日wikipediaを読むをまとめてみた。

 今週の記事まとめ!

先週と今週は科学ウィークということで、

科学者の記事をピックアップしてたのだった。

それぞれの生まれた年をまとめてみた。

 

ニコラウス・コペルニクス        1473年

ガリレオ・ガリレイ                 1564年 

アイザック・ニュートン            1642年

トーマス・エジソン                  1847年

ニコラ・テスラ                        1856年

アルベルト・アインシュタイン    1879年 

 

 

コペルニクスからニュートンまで169年もかかっている。

 その間にいた科学者も調べた方が良いかも?

もうすでに記事にしてたかも。 

 

観測から理論を完成させた科学者と、

理論が先行してのちに観測によって完成された科学者がいる。

中世の科学者と言われる人たちは、専業の科学者ではなく

仕事の余暇や隙間で観測や計算を行っていたが、

エジソンやテスラはしっかりと特許と施設を作って

収益を得ていた点でほかの科学者とは違うかもしれない。

工学に携わるエンジニアという面もあるかもしれない。


アメリカの大学とかだと産学連携などをして学習機関が研究と収益化もしているらしい。

研究に必要な費用を自力で賄うのは偉いと思う。

国の補助金だけで研究を行うのはちょっと不健全かな。

インフラ系や軍事や100年単位の大規模な研究とかは国でやってもいいかもだけど。

行政や司法、立法のシステムは科学というより社会学の分野かもだけど、

科学的手法による評価という研究が役に立つと思えば、科学の一分野かもしれない。 


哲学や科学やSFといった様々なジャンルの世界観が国家の健全な成長には必要だと思う。 

だ、であるべきと言える人が政治家にいると良いのだけれど。

固定観念にとらわれる人ではなく、人と共有できる理想をもった人が良いと思う。

 

利権の誘導や役職の割り当て、補助金の分配という現世利益ばかりでは夢がなさすぎ。

だからと言って過激な妄想に頼る政治家もどうかと思うけれど。


冷静な思考と熱い哲学がなければいけない。


今回の科学ウィークはここまで!

また機会があれば行ってもいいかも。それまでにストックを増やさないとだけど。

2023年8月19日土曜日

アルベルト・アインシュタイン

 アルベルト・アインシュタイン

 

 ”アルベルト・アインシュタイン[注釈 1]: Albert Einstein[注釈 2][注釈 3][1][2]1879年3月14日 - 1955年4月18日)は、ドイツ生まれの理論物理学者ユダヤ人スイス連邦工科大学チューリッヒ校卒業。”

 

 世紀の天才おじさん。

 

 特殊が先、一般があと。

 

 ウィキペディア読んでも、発想が天才すぎて理解できない。

書籍を5冊は読まないと理解できなそう。

 

実はヴァイオリンが弾ける。

 

幼少期からピタゴラスの定理やユークリッド幾何学について独習していた。

 

学校の科学の授業で爆発を起こしたらしい。

 特許庁に努めている間に論文を書き上げたやっぱり天才おじさん。

 

 ユダヤ人であったため、ナチスドイツによる弾圧を避けるために

アメリカに亡命した。

 

 

 

2023年8月18日金曜日

ガリレオ・ガリレイ

 ガリレオ・ガリレイ

 

 ”ガリレオ・ガリレイ: Galileo Galileiユリウス暦1564年2月15日 - グレゴリオ暦1642年1月8日)は、イタリア自然哲学者天文学者数学者[1][2][3]。 ”

 

 弟と妹がたくさんいた長男おじさん。

 

 異端審問に掛けられた不憫おじさんでもある。

コペルニクスが異端認定されてないのにガリレオがされるのは不憫すぎないか。

敵は作りたくないものである。

 

有名科学者シリーズの一人として取り上げてみた。


2023年8月17日木曜日

ニコラウス・コペルニクス

 ニコラウス・コペルニクス

 

ニコラウス・コペルニクスラテン語名: Nicolaus Copernicus、ポーランド語名: ミコワイ・コペルニク Pl-Mikołaj Kopernik.ogg Mikołaj Kopernik[ヘルプ/ファイル]1473年2月19日 - 1543年5月24日[1])は、ポーランド出身の天文学者。”

 

 ポーランドの多才おじさん。

 

 「天球の回転について」という名著を書いたが、

専門家にしか売れずにワースト・セラーだったと言われている。

 

ガリレオとは違ってなぜか説が多くの専門家に受け継がれた人。

理由は謎。教会の仕事をしていたことが何か作用しているのかもしれない。 



2023年8月16日水曜日

アイザック・ニュートン

 アイザック・ニュートン

 

 ”サー・アイザック・ニュートン: (Sir) Isaac Newtonユリウス暦1642年12月25日 - 1727年3月20日グレゴリオ暦1643年1月4日 - 1727年3月31日)は、イングランド自然哲学者数学者物理学者天文学者神学者。 ”

 

 言わずと知れた、科学のおじさん。

 こっそり錬金術おじさんだけど、時代は科学の物だった。

 

「最後の錬金術師」とはのちの時代のケインズの談。

 

我々は科学者としてのニュートンしか知らないのかもしれない。

投資かとしての一面もあったらしい(大損しているけど)。

2023年8月15日火曜日

ニコラ・テスラ

ニコラ・テスラ

 

 ”ニコラ・テスラ(Nikola Tesla [ˈtɛslə] TESS-lə; セルビア語キリル・アルファベット: Никола Тесла, 発音: [nǐkola têsla]; 1856年 – 1943年1月7日)は、セルビア系アメリカ人[1]の発明家、電気技師、機械技師。 ”

 

エンジニアだな。

世界システム提唱おじさん。

 

天才だけどとても苦労したおじさん。

結構長生き。 

アメリカに渡米した後も苦労してたかも。

もしエジソンと対立せずに協力して研究し続けていたら世界が違う形になっていたかも。

 

 

2023年8月14日月曜日

トーマス・エジソン

 トーマス・エジソン

 

 ”トーマス・アルバ・エジソン: Thomas Alva Edison[1][注 1]1847年2月11日 - 1931年10月18日)は、アメリカ合衆国発明家起業家

 

 ”傑出した発明家として知られ、生涯におよそ1,300もの発明技術革新を行った人物である。たとえば蓄音器白熱電球[3]活動写真である[4][注 2][注 3]。”

 

 幼いころは図書館で独学していた努力のおじさん。

新聞の売り子とかしてたらしい。

 仕事大好きおじさん、もしくはおじいさん。

 

 幼少期のあだ名は「アル」

 

2023年8月13日日曜日

2023年8月13日wikipediaを読むをまとめてみた。

 科学週間第一週目をまとめてみた。

 

・年表

 ジャービル・ブン・ハイヤーン           721年

イブン・スィーナー                            980年

パラケルスス                                    1493年

ロバート・ボイル                               1627年     

ロバート・フック                                1635年

王立協会                                            1660年成立

アントワーヌ・ラヴォアジエ                1743年

カール・ポパー                                   1902年

リチャード・ドーキンス                        1941年

 

今週は、イスラム科学に始まり中世の錬金術から化学の発展を概観して

ヨーロッパによる実験科学の発達を観て、協会、学会等の宗教的権威に寄らない

科学の発展を俯瞰した。

 

 歴史の中に定期的に表れる、教育された天才による技術の発展について考える。

教育機関は天才を発掘する場であるのか否か。

 例えばITの分野なら、

卓越した個人によるプログラムは数百人の凡人によるプログラムに勝ると思われるが、

科学ではどうだろう?

新たな実験手法や器具の開発については天才の手を借りるとしても、

地道な素材集めや性質の解明には卓越性よりも日々の業務をこなしていく

汗と努力が必要だと思われる。

真理が実験によって明かされるものであるのなら、

世界中の研究機関の共作による科学の発展というのが望ましい。

 

特許権だって技術を秘密にしないで公表させるために存在している法理だしな。


海中からのメタン回収技術と熱水鉱床からの資源採掘技術が発展しないかな。

環境負荷高そうでエコじゃないかもしれないけれど。

サステナブルを考えるなら、ゴミから資源を回収する都市鉱山の概念が

もっと技術的に進歩していけば、日本の埋蔵資源はかなりのものになるはず。

ゴミ集積場で発電する仕組みとか今どうなっているんだろう。

日本の石炭・石油による火力発電は効率が良いと聞くけれど、

鉄道とともに発電所も輸出して世界中を豊かにしていく日本なのかな。


埋蔵資源量の限界とか計算されているのか知らんけど。

海底から資源回収する技術とともにレアメタルをもっと安価で大量にある物質によって

置き換えできるようになれば、資源埋蔵量を気にしなくても世界を発展できそうだけれど。

珪素と窒素と炭素で何でもかんでも作れるようにならないかなー。

100年後くらいにはできそうな気がするけれど。

窒素は空気中から回収すればいいし、珪素はそこら中にあふれているし、

炭素もCO2から回収すればいいし。

無理かなー。

格子状の結晶構造を一部だけ組み替えて半導体を作ったりできないのかな。

出来たらいいな。


今週のまとめ記事おわり!

2023年8月12日土曜日

アントワーヌ・ラヴォアジエ

 アントワーヌ・ラヴォアジエ

 

 ”アントワーヌ=ローラン・ド・ラヴォアジエ(ラボアジェ、ラヴワジエ、ラボアジエなどとも、フランス語:Antoine-Laurent de Lavoisier, [ɑ̃twan lɔʁɑ̃ də lavwazje]1743年8月26日 - 1794年5月8日)は、フランス王国パリ出身の化学者貴族質量保存の法則発見酸素命名フロギストン説を打破したことから「近代化学の父」と称される[1][2][3][4][5][6]。 ”

 

火薬と徴税が大好きなお金持ちおじさん。

実験大好き、仕事もキッチリしてた。

最後は処刑された。フランス革命後科学者はいらない宣言されたことによるらしい。 

革命のあとのギロチンはよくない。

2023年8月11日金曜日

ロバート・フック

 ロバート・フック

 

 ”ロバート・フックRobert Hooke1635年7月28日7月18日〉- 1703年3月3日)は、イギリス自然哲学者、建築家博物学者、生物学者王立協会フェロー[1]。実験と理論の両面を通じて科学革命で重要な役割を演じた。 ”

 

 ”成人後の人生は3つの期間に分けられる。当初は貧しいが優秀な科学研究者だった。その後経済的に成功し、1666年のロンドン大火では復興のために大いに貢献した。しかし晩年は気難しくなり、様々な論争に首をつっこんだ。歴史的にあまり名が残らなかったのは、この晩年の所業が災いしている。”

 

気難し系不遇おじさん。


幼少期は自宅で勉強をしていた。学校に入ってからメキメキ成長した天才おじさん。

 

 多岐にわたる貢献を国家にしたのにあんまり認められていない。

やっぱり不遇おじさん。

2023年8月10日木曜日

王立学会

 王立学会

 

 ”王立学会(おうりつがっかい、Royal Society)は、1660年にロンドンで作られた民間の科学に関する団体[1]である「自然についての知識を改善するためのロンドン王立学会」(The Royal Society of London for Improving Natural Knowledge)のことである。”

 ”最古の学会である[5]。”

 

これ見ると、ニュートン嫌な奴だなー。

 

実験を多く行って市民に見せたりとかしてたらしい。

今でいう科学館みたいなものかな?


16世紀ごろから権威に寄らない科学的知見というのが

ヨーロッパで育ってきているのかもしれない。

科学が集約的に様々な知見を集めていることによって、

ニュートンのような天才が生まれていったのだろうと思う。

学ぶ教材がなければ、天才も目が出ないと考えるが。

 

大学・学会・個人による研究所が大衆と結びつくのに

重要な役割を果たしたのが学会による実験の観覧じゃなかろうか。

いまはyoutube等の動画サービスが発達して、

色々な実験を観られるが、それもひとえに発信してくれている科学者さん

たちの努力の賜物だと思われる。

感謝感謝。

2023年8月9日水曜日

カール・ポパー

カール・ポパー

 

 ”サー・カール・ライムント・ポパー(Sir Karl Raimund Popper, CH FRS FBA1902年7月28日 - 1994年9月17日


”純粋な科学的言説の必要条件として反証可能性を提起し、批判的合理主義に立脚した科学哲学及び科学的方法の研究”をした人。


幼少期から本に触れる生活をしていた。


王立学会フェローに就任。

 

理屈大好きおじさん。

リチャード・ドーキンス

 リチャード・ドーキンス

 

 クリントン・リチャード・ドーキンス(Clinton Richard Dawkins, 1941年3月26日 - )は、イギリス進化生物学者動物行動学者である[1]

 

 

 

 ”文化の伝播を遺伝子になぞらえた「ミーム」という語を考案した。”

 

”科学的な業績において最もよく知られているのは利己的遺伝子論、すなわち進化における遺伝子中心の視点を広めたことである。この視点は1976年の著書『利己的な遺伝子』で明確に示されている。彼は「自己複製する実体の生存率の差によって全ての生命は進化する」と述べた。”


利己的な遺伝子を描いた人。

科学者

科学者



科学者(かがくしゃ、英語: scientist)とは、科学専門とする人・学者のことである[1][2]。特に自然科学研究する人をこう呼ぶ傾向がある”


”16-17世紀、ヨーロッパ科学革命と呼ばれる近代科学成立の動きがあったことや、自然哲学研究のための学会アカデミーが成立し、そこに集った人々が様々な活動をしたことで、初めて自然哲学者には、他の哲学者とは何かしら異なった役割があることが理解されるようになった。”


19世紀に入ると、自然哲学ないし科学の高度化とともに、大学等の教育機関に科学の教育のための講座・コースが設けられ正規の教育体系として扱われるようになり、そのコースで指導教官の下、体系的に科学を習得した若者が生み出されるようになった。また、研究所も設置されるようになり、彼らの働く場所が出現した。”


職業としての科学者は大学の職や研究所(寄付・政府の援助)での収入に頼ることになる。

日本で懸賞金制度とか根付かないのかなー。

何を研究すべきかを研究している人や研究所は無いのかな。

なにかを発明するということのすばらしさをもっと普及すべき。

頭のいい人に任せるだけじゃなくて、仕組みとして成立してた方が良い。

頭の回転が速すぎると、定説を覆すのが難しくなるのかもしれない。

官僚によく言われる誤謬は研究者にも当てはまるのかも。

科学的検証性、反証可能性をもっと理解するべき。

 

 

2023年8月8日火曜日

イブン・スィーナー

 イブン・スィーナ

ペルシア語: ابن سینا, پور سینا‎、980年 - 1037年6月18日)は、ペルシャ哲学者医者科学者

 

 通称、アヴィケンナ、アヴィセンナ

 

 最高の知識人(イスラム世界)と評価されている。

 

 結構早熟で10歳で文学作品の暗唱をしていたとのこと。

 師匠の名は哲学者ナティリ。

 

 ワインぐびぐびおじさん。ついでに詩も作っちゃう。

ジャービル・ブン・ハイヤーン

 ジャービル・ブン・ハイヤーン

 

 ”ジャービル・イブン・ハイヤーンجَابْرُ بْنُ حَيَّان, Jābir ibn Ḥayyān、; fl. c. 721年c. 815年[1])は、8世紀後半から9世紀初頭にかけてバグダードクーファで活動した錬金術師[1]。”

 

 

イスラム世界の科学的万能おじさん。

”西欧ではゲーベルGeber)というラテン名でも知られる。”

イスラム科学

 イスラム科学

 

 ”イスラム科学(イスラムかがく)とは、8世紀から15世紀イスラム世界において発達し、アラビア語によって叙述されていた科学の総称をさす。 ” 


イスラム帝国の国家的権威の庇護を受けてすくすく育った科学。

 

インドからゼロの概念が渡ってきて数学も発展した。

 

 ”アラビア語のالكيمياء, al-kīmiyā’錬金術)は英語の「alchemy(錬金術)、alchemist(錬金術師)」の基になっており、「chemistry(化学)」という言葉もここから転じている。”

アルケミア~


イブン・アル・ハイサムは経験知や実験観察を重視し、そこから帰納法的な推論を用いて理論を打ち立てた最初期の科学者である。彼の手法(科学的方法)は、彼の著作に学んだロジャー・ベーコンヨハネス・ケプラーらに受け継がれた。 ”


とても先進的!

古代ギリシャの知識がアラビアの世界で発展して再びヨーロッパに帰っていくのが

歴史の面白さなのかもしれない。

 

すべての哲学や科学が滅びて、宗教の経典だけしか残らなかったとしたら

 権威の証明は宗教的手段に頼るしかなくなるだろう。

今の世界で民主主義なんていく非効率な手段が成立しているのは、

科学や様々な文化の恩恵によって食糧生産やその他必要なサービスが

滞りなく民衆に行き届いているからだ。

共産主義が革命的なのではなく、革命を求めるほど熱狂した市民が問題なのだ。

 まあ、中国の革命は共産党によって鎮圧されるのだが。

 

共産主義は分配を最適化した素晴らしいシステムじゃなかったんですか!!

格差がない社会を実現したかったんじゃないですか!!!

結局かの国の政治は中国古来よりの家族主義とワイロによって成り立っているのでした。

ちゃんちゃん

 おかねほしーーー!


イスラム教はローマ教皇はいないけれど、カリフという宗教指導者がいるので

時代にそぐわない経典の教えを修正できるのかもしれないけれど、

結局はカリフ同士の争い(あるいは信者同士)で内紛しまくりだから

子供のような純粋な世界観というのはもはや創作の中にしかないのである。

おれも小説家になるかー!

理想主義で幻想的な世界の中で生きて――!

転生するかー!とりあえず寿命までは生きるかー!

(てきとう)

2023年8月7日月曜日

ロバート・ボイル

 ロバート・ボイル

 

 

 1627年1月25日生まれ。

 

アイルランド出身の自然哲学者。

ロンドン王立協会フェロー。

 

幼少期から多言語を学んだ人。

師匠はガリレオ・ガリレイ。

 

当時の技術で空気ポンプを自作したおじさん。(発案者は別にいる)

 

 ボイル=シャルルの法則のボイルの方で有名。

 

パラケルスス

 パラケルスス

 

 1493年11月19日または12月17日生まれ。

 

スイス生まれの錬金術師。

 

 ”これまでの医学化学を導入し、酸化鉄水銀(梅毒の治療に使った)、アンチモンヒ素などの金属の化合物を初めて医薬品に採用した。この業績から「医化学の祖」と呼ばれる”

 

 

格言

”パラケルススは「毒性学の父」と呼ばれた。「全てのものは毒であり、毒でないものなど存在しない。その服用量こそが毒であるか、そうでないかを決めるのだ」 (ドイツ語: Alle Dinge sind Gift und nichts ist ohne Gift; allein die Dosis macht es, dass ein Ding kein Gift ist.) あるいは「服用量が毒を作る」 (ラテン語: sola dosis facit venenum) という格言は、パラケルススによるものである” 


毒おじさんパラケルスス。

 

 

”パラケルススは常にあるいはを持っていたともいわれ、柄に「Azoth」と書かれていたため「アゾット剣」と呼ばれ、この剣(杖)には賢者の石が入っていたともいわれている。 ”

 アゾット剣といえばFateシリーズ。

 

 

伝説のおじさんであり、二次創作されおじさんでもある。

当時の科学のきちんとした分類を行った中世のおじさん。

 

科学史

 科学史

 

 

人間は道具を生み出し、使うことによって知的能力を獲得していった。

(異説あり)

古代エジプトのピラミッドは、正確な数学の知識がなくては

成り立たないだろう。

 

”2世紀以降は、古代中国の4大発明といわれる羅針盤火薬印刷が発明され、他にも地震計などが発明された”

 

ギリシアでは、

紀元前7-6世紀古代ギリシアではポリスがおこり、アテナイを中心に発展する。海運交易で富を得た商工階級の内から、世界の成り立ちについて考察をする人々が現れる。” 


古代ローマでは、

 ”道路やローマ水道が整備され、建築や彫刻を設計する技術力を獲得する。”

科学の賜物と思われる。


世界中で神殿や墓等の巨大建築物があるので、数学や測量術が発達していた

証拠になるはず。

 



2023年8月6日日曜日

2023年8月6日wikipediaを読むをまとめてみた。

 ローマ週間をまとめてみた。

 

以下記事にした出来事


・ローマの時代区分

古代ローマ                    紀元前753年ー476年

王政ローマ                    紀元前753年ー紀元前509年

共和制ローマ                紀元前509年ー紀元前27年

ローマ帝国                    紀元前27ー1453年

ビザンティン                        395年ー1453年

(東ローマ帝国)

 

・人物年表

 マルクス・トゥッリウス・キケロ    紀元前106年ー紀元前43年

ガイウス・ユリウス・カエサル        紀元前100年ー44年 

プルタルコス                                          46年ー119年 

マルクス・アウレリウス・アントニヌス        121年ー180年

カール大帝                                               742年ー814年

ナポレオン・ボナパルト                              1769年ー1821年

 

 ・建造物

コロッセオ                                            80年 

 

 東ローマ帝国が滅びてから神聖ローマ帝国が滅びるまでの期間は、

ローマじゃないのかな。

神聖ローマ帝国はドイツ???フランク王国??

 

カール大帝以後の体制についてちょっと突っ込みが足りなかったかも。

あとは西ローマ帝国についても調べ方が足りなかったか。

 

キケロとカエサルが関わっている三頭政治についてもっと突っ込めたかも。

 

 パピルスをよく生産していたのはエジプトで

羊皮紙をよく生産していたのはどこなのか。

 多くは巻物の形であったが、カール大帝の時代にコデックスという形式に

写本が置き換わっていったと言われている。

金属製のハンコを使った活版印刷がいつ開発なのか。

AIによると、

金属製の活版印刷が始まった年は、15世紀なかば頃です。ドイツの金細工師「ヨハネス・グーテンベルク」が発明した「グーテンベルクの活版印刷機」が世界で初めて金属活字による印刷を行いました123。この発明は、世界を変えたルネサンスの三大発明のひとつとされています1

 とのこと。

 

 

ローマ史について調べた一週間だったけれど、

反省点もいろいろあった。

系統的に書かれている書籍で学ぶのも良いかもしれない。

2023年8月5日土曜日

ナポレオン・ボナパルト

ナポレオン・ボナパルト

 

 1806年に神聖ローマ帝国を解体した人物。

 1769年8月15日生まれ。

たぶんフランス人。

 

近代版カエサル?

 

 近代戦争・近代的軍隊の基礎を作った。

カール大帝

カール大帝

 またはシャルルマーニュ

 

初代神聖ローマ帝国皇帝

742年?4月2日生まれ※諸説あり

 

カロリング朝ルネサンスにかかわる。

巻物等の形式からコデックスという形式での写本を大量に作った時代。

 

 通称「ヨーロッパの父」

 

 

 軍事つよつよおじさん、文化も昂進した偉大な人。

 

ビザンティン

 ビザンティン

 

 ”東ローマ帝国の首都であったコンスタンティノポリス(コンスタンディヌーポリ、コンスタンティノープル)の旧名ビュザンティオン(ビュザンティウム、ビザンチウム)を語源とする東ローマ帝国およびその文物を指す”

 ”なお、「ビザンティン」「ビザンツ」のいずれも後代に用いられるようになった用語であり、東ローマ帝国時代から用いられていた呼称ではない。 ”

 

 ”一般的には西暦395年以降の東の皇帝の統治領域を指す”

1453年にオスマン帝国の侵攻により終了する。

 

ローマ略奪 (546年)によって滅びたという説もある。

 

 ”7世紀になると、サーサーン朝にエジプトやシリアといった穀倉地帯を奪われるにまで至った(サーサーン朝のエジプト征服英語版)。”

 

 

戦争や重税、食料品の高騰や軍隊の不備によってローマは滅びたとしてみたら、

現代においても重要な示唆を含むと思われる。

戦争によって食料品の値段が上がっていたということは、

その食料は市場原理が働いていたということなのかな。

 

ともあれ、ローマ略奪によって元老院と市民というローマの枠組みが

破壊されて コンスタンティノープル を首都とした東ローマ帝国が始まったのである。

(330年建設以後、1453年まで難攻不落だった。)

コンスタンティノープルは現在のトルコの首都イスタンブールの前進である。

 

なぜか十字軍に狙われて衰退する。謎。

 

 

2023年8月3日木曜日

プルタルコス

ブルタルコス

 

 帝政ローマのギリシア人著述家。

「対比列伝」を書いた人。英語名はプルターク。

紀元46年頃産まれ。

 

ローマにも滞在していた期間がある。


折衷主義で穏健な懐疑主義者。

多くの著作をのこし、ルネサンス期のフランスの文学に影響を与えた。

(おおくは現存はしてない)

 

Plutarch

 

 

英語の資料だけど、くわしい。ながい。

 

コロッセオ

コロッセオ


コロッセウムラテン語: Colosseum, イタリア語: Colosseo コロッセオ)は、ローマ帝政期の西暦80年に、ウェスパシアヌス帝とティトゥス帝によって造られた円形闘技場英語で競技場を指す colosseum や、コロシアムの語源ともなっている。建設当時の正式名称はフラウィウス円形闘技場

ローマは現イタリアの首都である。


ローマン・コンクリート(火山灰を利用したコンクリート)で作られている。

鉄骨は入っていないため、鉄がさびて劣化するということがない。


ローマ帝国

 ローマ帝国

 

 帝政時代のローマ、皇帝(アウグストゥス)が支配していた。

ローマが西と東に分かれた時代は皇帝が2人いた。

 

絶対的な権力を持つ帝政の時代。

 

 

帝政ってどの国が最初なんだろう秦の始皇帝? 


日本にも南北朝時代とか言う天皇が2人いた時代もあったわけだし、

権力の継承って大変なことなのかもしれない。

王権神授説とか言われた方がまだわかりやすいけれど、

継承の仕組みはどうなっていたんだろう。

元老院による推薦?それとも血統による継承??

ローマ史は奥深いかもしれない。

2023年8月2日水曜日

マルクス・トゥッリウス・キケロ

マルクス・トゥッリウス・キケロ


紀元前106年1月3日生まれ。


共和制ローマ末期の政治家、弁護士など。

出世したノウス・ホモ。

 

この人は、古代ギリシアの書籍群を読んで学んだ人。

アリストテレスなどの影響を強く受けた。

キケロの当時はストア哲学がローマの主流だった。 

ヨーロッパの思想史において、偉大な功績を残した人物。

 

 

 当時の出世のシステムと元老院の影響について調べないと、

経歴についてよくわからない部分が多いかも。

当時の政治家(立法家)は指名や推薦によってその地位についていた?

(誰によって)

弁護士や軍人が政治家になっていたらしい。 

政治家は議会に所属し、議会は多数決によって立法を行っていた?

元老院は立法に対して拒否権を持っていた??

 当時の税制や社会システム(立法・司法・行政)について学ぶには、

wikipediaだけじゃ足りないかも。

 

共和制

 共和制

 

 国家元首の地位を個人に持たせない政治体制。


デモクラシーとリパブリックの違いがあるらしい。

デモクラティアは衆愚政治という意味になるらしい。


君主制と民主制の間にある中間的な政治体制のこと???

 

王政ローマ

 王政ローマ

 

 おそらく口伝で伝えられた初期のローマの姿。

紀元前753年に初代ローマおうロームルスが建国 。

紀元前509年に7代目の王が追放されるまで続いた。

 

ローマの歴史はどうやって伝承されたのか。

謎。

文書を保存する機関がちゃんとあったのかな。

パピルスや羊皮紙、あるいは粘土板に書かれていたらしい?

二胡

 二胡    ” 二胡 (にこ、 拼音 : èrhú )は 中国 の伝統的な 擦弦楽器 の一種。2本の 弦 の間に挟んだ 弓 で弾く。琴筒は ニシキヘビ の皮で覆われている。 ”    ”原型楽器は、 唐 代に北方の異民族によって用いられた 奚琴 という楽器であるとされる。この頃...