”元寇(げんこう)は、日本の鎌倉時代中期の1274年・1281年に、モンゴル帝国(元朝)および南宋と高麗によって2度にわたり行われた対日本侵攻である。蒙古襲来等とも呼ばれる。1度目を文永の役(ぶんえいのえき・1274年)、2度目を弘安の役(こうあんのえき・1281年)という。 ”
東方見聞録とか言う余計なお世話の書物が生まれたのもこのころ。
黄金の国ジパング!!
お手紙おじさんクビライ・カン、ハーンじゃないのか―!?
この役を外交の失敗とみるべきか日本を護るための戦いとみるべきかは意見が分かれるところ。
国際的な友好のために頭を下げて軍門に下るのが良い選択肢かどうかはしらないが、
下々の国民にとっては年貢の払い先が変わるだけかもしれないし、
そうではないかもしれない。
元寇で勝利していなかったらその後の戦国時代でのんきに国内で戦争してられなかったかも?
一回目の戦いで奇跡的な勝利をして二回目で実力をつけて勝利した。
武士、偉い。
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返信削除蒙古人の苛斂誅求に苦しんだ当時の中国や朝鮮、イランやロシアと違って助かったー 大風がたまたま吹いたといはいえ戦いは大変だったけどーー
返信削除追伸! 恩賞である新たな所領安堵=獲得のため、御家人は一所懸命戦ったけど戦後処理は異国警固番や所領不足で不公平極まりなくそれが鎌倉幕府滅亡の原因になったのは皮肉な話ーーー 一所懸命は御家人が自分の所領を命がけで守るためことからできたことばで江戸時代になって一所を一生にかえて使われるようになったとむかーし学校の先生が話していたのをぼやーーと思い出したーー! 古代中世の武士の方が恐ろしい武人かもーーー「
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